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10Kのレースを走ってきました!

先日、某大会に出場してきました。
今回はそのレース内容の詳細な分析・・・ではなく・・・そこで感じたこと、考えたことを書き連ねてみたいと思います。



私はその大会の10Kの部を走ったのですが、その前に「親子funランの部」というものがありました。
親子ペアで走るというもので、子供の範囲は3歳~小学生と定められていました。

なので106歳のお父さんと81歳のお嬢さんのペアがギネスの認定を受けるとか、17歳のリーゼント頭の息子が非行から立ち直って42歳の母親とむせび泣きながら手を繋いでゴールする・・・といった感動ドラマなどは期待できませんでした。

距離は1Kと3Kの2種目あったのですが参加人数は少なめで、その分ユルユルほのぼのした空気でのレース・・・というかイベントになりました ~ まさに「funラン」の名は体を表すって感じでしたね。



さて話は飛ぶのですが、昨年(2014年)10月にとある県に遠征して「ファミリーマラソン」と名の付く大会に参加したのですが、そこで非常に印象に残った光景がありました。

スタート&フィニッシュは陸上競技場だったのですが、トラック部分の大半に自由に出入りできるというこれまたゆるい雰囲気の大会でした。
そこを子ども達がキャッキャ言いながら駆け回っていたのです。
多くはちゃんとトラックのレーンに沿って。
活き活きした彼ら、彼女らの表情はとても新鮮であり、且つ衝撃的でした。

その姿に「走りたい」という衝動が抑えられず溢れ出しているというパッションを感じました。
それはまさに【動物】の姿でした。
(でもレーンに沿って走っている辺りきちんと競技を認識しており、【人間】も垣間見えたりもしてましたのもおもしろかったです)

そこで私にはひとつの仮説が思い浮かびました ~ 『人が走るのは本能からなのではなかろうか』

動物は走ることが宿命づけられている面が多々あります。
肉食獣が獲物を追いかけるとき、草食動物が追っ手から逃れるとき。
すなわち両者とも生きるため、種の保存のために走っているのです。

ただそれ以外にも動物が走る光景は見られます。
犬や猫を始め、愛玩動物も無意味に(無邪気にというべき?)駆けます。
ナマケモノのような羨ましい例外もいますが、基本的には走ることが好きな動物は多いような気がします。

「人はなぜ走るのか」という問いはランニング開始当初から考えていたことではあるのですが、本能説を思い付いて以来自分の中でひとつの答え、さらに言うと結論が出たような錯覚に陥っていました。
でも一方で「そんな簡単に答えが出て良いもの?」という疑心暗鬼な気持ちも自分の中にくすぶっていました。



それからしばらく・・・おそらく数ケ月経ったある日、ふと頭に浮かんだことがありました。
「やはり動物の走りと人間の走りは違う」
本能説はあっさりと覆ることとなりました。

動物はたしかに走るし走ることが好きそうです。
でも必要以上には走りません。
もっというと辛い思いを我慢してまで走りません。
言い換えると彼らは長距離は走らないのです。

きっと動物には身体を動かすことの爽快感・疾走感を享受する感性は備わっているように思われます。
ただ人間がランニングで感じる『達成感』という概念は無いのではないでしょうか。
その前提としてあるであろう『自己への挑戦』という心境も持ち合わせていないでしょう。



さて、話を飛ばしたまま放置プレイに晒してしまった冒頭の「親子funラン」ですが、子どもたちはみな実に楽しそうに走っていました。
ま、学校の体育の授業とかと異なり出場は義務ではないわけで、もともと長距離を走ることが得意、もしくは好きな子どもが多いとの想像は難くないのですが(むしろ頑張っちゃってバテバテの父ちゃんの方が目立っていました(笑))、それにしても楽しそうな雰囲気は印象的でした。

そこで浮上したのは「やはり走るのが好きなのは本能的なものなのか?」という迷い・・・。
余計に分からなくなってきて、「本能?違う?」というスパイラルに陥っています。



今回の結びとしては「結局のところ分からない」
でも今日この時点での自身が考えていることを書き留めておきたくて取りとめの無いまま書きました。
ある意味単なる自分のためのメモです。
なのでこんな感じで尻切れトンボに終わっていく回は今後もかなり多く見られると思います。
愛想尽かすなら今の内ですよぉ~(^-^;

あ、最後になりますがこの記事、全く名は体を表していませぇ~ん♪♪♪




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激安焼酎さん、

だんだん「哲学の道」に、進みそうですね。
いろいろ、思い巡らすけれど、やはり、マダムは走る過程がその魅力なのではないかな、と思っています。
テニスのプレー中に、日常的なこと、人生のこととかは、一切考えないけれど、走っている時は、いろいろなことが頭に蘇る、例え10㎞でも、走る以外のことも、考えたりしているのが、活力になって、また本能的に走りたくなっていくような。人間らしくもあり、動物的でもあり。

Re: タイトルなし

マダムさん

きちんと哲学してる人々からしたら全然「哲学」と呼べるレベルではないのでしょうけど、そっち方向に向かうにつれてこのブログがつまらなくなるという懸念があります。
ランニングはやりながら他のことを思考できるという点も広まっていった原因かも知れませんね。
とか言ってる自分は走ってる最中って他のことあまり考えていないかも・・・(^-^;

No title

人はなぜ走るのか?てすけど・・・。
私は人は嬉しいこと、楽しいこと、そしてちょっと苦しいことをやった後の達成感を求めているのではと思います。
で、マラソンはその達成感。

そして走るのは本能ではないかと思います^^。
しんどい思いをして、ケガをして、でもまた走るとか・・

もともと人間は誰でも走れると何かの本に書いてあったような気がします。
700万年前から1万年前までは「狩猟 採取」で生活をしてきたのですから、ミトコンドリアエンジンで脂肪を燃焼しながら、動物がヘトヘトになるまで走り続けなければいけない。生きるために。
採取で手に入れた貴重な糖質をいち早く筋内部へ、そして脂肪に変え蓄え、ピンチの時に使う。
現代は誰でもこの素晴らしい機能と戦わなければいけませんが・・(>_<)。

Re: No title

mitsuさん

達成感はやはり全ランナーにとってのキーワードではないかと思いますね。
走り終えた後のビールも含め・・・(笑)。

後半部分については、人間の身体って本当によくできていると思います。
ま、人間に限らず動植物全ての命を見ていて思うことですが。

私の周囲にも集結してる脂肪たち・・・もっとピンチを与えてやらねばならんってことですかねぇ(^-^;
プロフィール

激安焼酎

Author:激安焼酎
何となく申し込んだ東京マラソン2014にうっかり当選してしまい、練習しないわけにはいかんと思い走り始めたのが13年年末。

その東京マラソンを何とか完走・・・そして同時に走る快楽にハマり本格的にランニングを開始。

そして楽しく走りつつも走ることに対していろんなことを思う日々・・・ここでは走りそのものよりも頭の中に浮かんだことを徒然に残していきたいと考えています。

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